後藤寺機関区 | |
たぶん一度きりとなる九州撮影旅行でどうして後藤寺を選んだのかが未だによくわからないのですが、九州へ上陸した翌日には真っ先に後藤寺線の船尾と後藤寺機関区を訪問しています。当時の筑豊の鉄道は網目状に張り巡らされ、後藤寺は日豊本線にある行橋港への石炭、石灰石輸送の拠点だったと記憶しています。 後藤寺機関区は古びた木造機関庫のある小規模な機関区で、後藤寺〜船尾間の石灰石ピストン輸送のため96のみが配置されていました。鉄道雑誌で仕入れた情報をもとに、跨線橋の上で96重連+後補機の田川線7494レを撮影したのが印象に残っています。当時の筑豊地域の鉄道路線は、既にそのほとんどが廃線となっているのではないでしょうか。 |
後藤寺機関区の木造3線機関庫には96がよく似合っている 1973.3.30 後藤寺 |
29602[後] 1973.3.30 後藤寺 |
49605[後] 29602[後] 空制化改造の違いがよくわかる 1973.3.30 後藤寺 |
ボイラー代用で留置されているC5519 まだ[若]の区名札が差し込まれている 1973.3.30 後藤寺 |
29602[後] 69686[後] 1973.3.30 後藤寺 |
49679[後] 69686[後] 1973.3.30 後藤寺 |
59647[行] 7494レの前補機 この日は門鉄デフの重連だった。 1973.3.30 後藤寺 |
59684[行] 7494レの本務機 1973.3.30 後藤寺 |
59647[行] 69686[後] 1973.3.30 後藤寺 |
96重連+後補機の7494レは船尾から引き出した石灰石満載のホキを行橋へ運ぶ 1973.3.30 後藤寺 |
59647[行]+59684[行] 7494レ 1973.3.30 後藤寺 |
59647[行]+59684[行] 7494レ 1973.3.30 後藤寺 |
29611[後] 7494レ後補機 1973.3.30 後藤寺 |
49618[後] 1973.4.5 後藤寺 最初で最後の夜間撮影になりました。 |