坂町駅、坂町機関区 | |
羽越本線と米坂線が分岐する坂町には米坂線の車輌基地となる坂町機関区がありました。この機関区は新津や直江津と比べて規模が小さかったせいか駅のホームから近い位置にあり、立入り許可がなくても間近で蒸気機関車を見ることのできる機関区でした。 坂町駅のホームは少し変わっていて、駅舎に接する1番線がなく、跨線橋を渡って2つの島式ホームが配置されています。この駅側の1、2番線のホームは隣のホームより村上方向に長くなっていて、真横に坂町機関区のターンテーブルとラウンドハウスのある、ファンには最高のロケーションになっていました。このホームの端に立つと、機関区に留置してある車輌のみならず、3番線に停車する羽越本線の下り列車の牽引機を前方から撮影することができる、正に「お立ち台」でした。 坂町は新潟からは少し遠かったのですが、思い入れの強かった米坂線や羽越線に通う毎に必ずここに停車するため、私にはとても印象深い場所になっています。 当時、坂町機関区には米坂線用の9600型が7〜8輌配置されていた他、本線用のD51の配置もありました。また、1967年の羽越水害時に分断された米坂線で使用されたC11の姿も偶然捉えています。 昨年、35年ぶりに坂町駅前を通りましたが、荒れ果ててはいるものの、ターンテーブルとラウンドハウスの一部が残っているのに驚きました。年に何回かSLイベント列車が村上まで走る時に使用するようですが、もう少し良好な状態に復元して、近隣の施設に眠っているD51を復活させることはできないのでしょうか。 |
坂町駅2番ホームの前に広がる機関区の風景 米沢から来た29668[米]、ロータリーのキ602、39685[坂]、D51など多彩な顔ぶれが見えます。電化を翌年に控えた年とは思えない風景です。1971.4.4 |
朝日を浴びる仕業点検中のD5174[新] 1968.8.23 |
停車中の列車から見える風景 左の49681[坂]は休車中、右は後に新津へ転属する39658[坂] 1968.8.23 |
1967年の羽越水害で不通となった米坂線は復旧まで坂町からの折り返し運転を余儀なくされたため、酒田区で休車となっていたC11360,361を借り入れて運行していました。復旧後、360は吹田一区へ転属、361は廃車と記録があります。 坂町区に留置されたC11361[坂] 1968.8.23 |
留置線の39685[坂] MicroAce社の模型のモデルとなったカマです。後方ではD511154[坂]が転向中 1971.4.4 |
坂町駅2番線から見える風景は架線もなく生きたSLがゴロゴロとたむろする蒸機天国のようです。 1971.4.4 |
坂町駅2,3番線でのD51牽引の旅客列車の交換風景 左D51512[新] 837レ 右D511107[新] 834レ 1970.8.14 |
坂町駅3番線に停車中の羽越本線の下り一番列車833レ 朝露に濡れるC57181[新]。米坂線の撮影行は新発田からこの列車に乗り、米坂線の始発124レに乗継ぐのが必須条件でした。 1968.11.23 |
こちらも停車中の羽越本線の一番列車833レ。同じ列車でも12月末ではやっと空が白みかけたばかりです。 1968.12.28 |
3番線に停車中の羽越本線の下り一番列車833レ この年は牽引機がD51に変わっていました。 D5182[新] 1969.11.4 |
3番線に停車中の羽越本線の下り一番列車833レ 偶然にも2年前と同じD5182[新] 1971.3.4 |
3番線に停車中の羽越本線821レ C5719[新] 坂町の2番線は絶好のお立ち台でした。1971.8.23 |
私が撮影した最後の羽越本線の下り一番列車833レ D51681[酒] 1971.4.4 |
米坂線一番列車124レ 79633[坂] 11月の早朝は薄暗くやっとシャッターがきれる明るさです。 1968.11.24 |
米坂線一番列車124レの12月の様子。空が白んでいるが、何が写っているのかほとんどわからない暗さです。 1968.12.28 |
124レの逆向後補機となった59961[坂] 途中の越後下関あたりで切り離し、坂町行の通勤列車となります。 新津から転入したばかりのデフなし96が本線を走った貴重な証拠です。 1968.12.28 |
米坂線一番列車124レ この日は69633[坂]+79607[米]の重連。 1969.11.4 |
米坂線128レ 49681[坂]の発車シーン 1970.8.14 |
米坂線128レ 9634[米]の発車シーン 郡山式終煙装置が一部取り外されています。 1971.3 |
米坂線124レ 79607[坂]の発車シーン 1971.4.4 |
留置線の79633[坂]と9632[酒] 79633は検査整備上りで美しく磨かれていたが何故かテンダなしで留置されていました。9632は新津から酒田へ転属したはずだが何故か坂町で休車となっています。 1970.8.14 |
坂町のD51は戦時型が多かったようです。ハリボテのデフがいかにも戦時型らしいD511005[坂] 1970.8.14 |
庫内で点検整備中の59663[坂] 1970.8.14 |
坂町の扇型機関庫は小さくD51のテンダがはみ出しています。 1970.8.14 |
一線用の小型給炭櫓で給炭する9634[米] 1970.8.14 |
短い貨物を牽いて坂町に到着した29622[坂] このころになると前面に警戒塗装が施されていました。 1970.8.14 |
羽越本線の貨物列車を牽いて坂町に到着したD51498[新] 誰もが保存機になるなど考えもしませんでした。 1970.8.14 |